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「インターネット大恐慌」 written by
Nobuaki Uemura
From める研(http://ray.727.net/)
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インターネットが生活を変えると言われて久しい。実感している人も、そう
でない人も世間が「IT関連」とか「イーコマース」と騒いでいるのを目にし
ているだろう。
そもそもインターネットとはコンピュータとコンピュータを繋ぐ通信網の事
である。この通信網が何故に我々の生活を変えるのだろうか?
通信の持つ最大の利便性は双方向性である。即時性という点では放送もひけ
をとらないが、いかんせん一方通行である。
まあ双方向性もコンピュータがデジタル処理を行わなければ、それほど威力
を発揮しなかったかも知れない。電話も画期的な発明であったが、音声による
やりとりは完全な人対人の対応が必要である。結局、離れたところにいる人と
会話する機械でしかなかった。
その点、インターネットではコンピュータが自動的に処理できる形態でのや
りとりなので1対多の対応が可能である。
そして基本的にコンピュータとコンピュータが直接的に接続されているので
コンピュータで扱えるデータは何でも送れる事になる。
現在のコンピュータは文書や画像はもとより、音声や動画も扱える。これは
既存のメディアをすべて包みこむ事になる。マルチメディアというのはもとも
とそういう事だ。
ビデオやCDというパッケージがなくなり、テレビやラジオという放送がな
くなり、電話という通信まで飲み込んでしまうのがインターネットだ。
現在のインターネットは途中から電話回線を利用するダイアルアップ接続で
各家庭のパソコンに繋いでいるため、末端までの回線速度が確保できない問題
がある。
ダイアルアップの問題には通信料金の問題もある。電話回線という高価で低
速な回線を介して接続しなければならないためにインターネットの可能性は抑
制されているが、専用線が整備されれば一気に花開くだろう。
ビデオやCDを飲み込むという事が社会に大きな影響を与えるというのは考
えなくてもわかるだろう。ビデオもCDも映画や音楽を形にして売買するため
の入れ物に過ぎない。入れ物が不要になるという事は、中身を作っている人々
には大して影響はないが、入れ物を作っている人にとっては大問題である。
また、パッケージは人の手を介して売買されるため商品として販売する販売
業が成り立つが、インターネットでデータそのものを直販すればお店も店員も
いらない。
新聞が毎朝インターネットで配信されてくれば、全国の販売店は不要だし何
万人もの新聞配達が失業するだろう。
勿論、インターネットは新たな雇用も生み出すだろうが、それより多くの労
働を人々から奪うだろう。
これが経済に影響を及ぼさない訳がない。急速なネットワーク社会への移行
はインターネット大恐慌を引き起こす危険を含んでいるのだ。
ここで問題になるのが変化の速度である。ゆったりとした変化であれば自然
淘汰の繰り返しの中で販売業から別の事業に転換できるが、急速な変化は企業
の対応力を越えてしまうのだ。
今後10年間で確実に無くなるのはビデオレンタル業、CDやゲーム等のパ
ッケージの販売業、新聞販売店が真っ先に挙げられる。こういった事業を行な
っている企業は社会の変化に対応できる準備を整えておく必要があるだろう。
また経済を生業とする人達は「IT関連」の陽の面ばかりでなく、陰の面に
も目を向けて考えるべきだろう。
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